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1999年12月5日 日曜礼拝メッセージ



 新約聖書 ルカによる福音書2章25〜35節
 牧師写真メッセンジャー
  仙台福音自由教会
  吉田耕三牧師

いよいよアドベント(待降節)第2週です。 私達の心もクリスマスに向って備えられていきたいと思います。 本当に心から主を誉め称えてクリスマスを祝うことができたらと思います。 さて、今日はクリスマスを何気なく
「神様が用意してくれたんだ! 有難いなァ」
と、頭では思っても、大して心で思ってないと思いがちなのですが、もう一度このクリスマスに関してあった多くの方々の犠牲。 特に父なる神の犠牲という所に少し思いを馳せてみたいと思うのです。

救い主に対する預言

「そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。 この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。 聖霊が彼の上にとどまっておられた。 また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。」 ルカ2章25〜26節

このシメオンという人物がどういう人か詳しくは判らないのでありますが、神は真実に神を待ち望む者をお忘れにはならないという事をこの箇所は教えて下さっているように思います。

「彼が御霊に感じて宮にはいると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、はいって来た。」 同27節

本当にシメオンが待ち望んできた時がやってきたのであります。 「本当に私は救い主を見る事がゆるされた」。 彼の驚くような感動がそこにあったのではないかと思います。 そして彼は、神を誉め称えてこう言いました。

「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。わたしの目があなたの御救いを見たからです。御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす光、御民イスラエルの光栄です」 同29〜32節

このシメオンは神の御心をしっかりと知っていたのですね。 『異邦人を照らす光』とまことに彼は神の本当の御思いをかなりの部分まで悟っていたというのは驚きではないでしょうか。 真実に神を求める者に神は真実に応えて下さると思うのであります。 ところがこの預言はここで終わるものではありませんでした。

「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対をうけるしるしとして定められています。 剣(つるぎ)があなたの心さえも刺し貫くでしょう。 それは多くの人の思いが現れるためです」 同34〜35節

神様はこのシメオンを通して、救い主が本当に苦しんで、人の身代わりとなって、人に捨てられ、その為にこうしてこの地に来る事を教え、語っていた訳であります。 私達はここに今日神様の御思いというものを深く教えられていきたいと思うのであります。

神の犠牲―――高価な存在の私達

もし、皆さんの子供や家族が大変な苦しみの中に向うとするならば、それもみんなから馬鹿にされ、見捨てられ、遂には惨めに死んでいくという事が判っているとするならば、どうでしょうか皆さん? そんな所に自分の子供を送り出す事が出来るでしょうか?
 私達にはそんな事耐えられない。 もしその様にするならば、どれだけ苦しく、悲しい思いが心に溢れるでしょうか? 心が張りさけんばかりの気持ちがそこに出てくるのではないかと思うのです。

私達の父なる神様がイエス・キリストをこの地上に送る時に、どんな気持ちで送られたかという事を考えた事があったでしょうか? イエス・キリストと父なる神とは完全な交わり、完全な愛の中に生きていた訳であります。 それが立ち切られた。 それは人間社会の最も親しい家族関係が立ち切られるよりも、更に苦しく、辛い出来事であった事は想像に難くないと思うのです。 

父なる神はキリストをその様に私達の生贄としてまさしく差し出して下さったのです。 何故でしょうか? それは、キリストの犠牲がなければ、私達人間に救いがもたらされる事は決してないという事を知っていたからであります。 また、その様に私達一人一人が何によっても代えがたい尊い存在であるという事、

『私の目には、あなた高価で尊い』 イザヤ43章4節(前半部)

とありますが、これを示す為でありました。 私達は自分の尊さというものを本当に理解してはいない。 キリストの十字架、犠牲の大きさを見る時に私達は自分の魂が、どれだけ大切で、大きく偉大なものかを悟る事ができるのではないかと思います。

「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」 マタイ16章26節

全世界を手に入れても、あなたの命が失われたら、何の得にもならないのだと聖書は語っている訳であります。 それほどにあなたの魂が大切なのです。 『あなた』です。イエス・キリストを見捨てて、父なる神がこんなにも痛みを感じていても、それをしなければならない程に『あなた』は尊い存在なのだ。『あなた』は救われなければならない、救いを受けるべき尊い存在なのだという事をしっかりと心に留めて下さい。

イエス・キリストはこの愛を十字架において示して下さいました。 その為に父なる神は御子キリストをこの世に下してくださったのです。 私達はこうゆう愛をもう一度しっかりと心に受け止めて下さい。 クリスマスに父なる神は私達が理解を超える様な、痛みと苦しみと悲しみを持って、この世にキリストを送り出してくださったのです。

そしてキリストも本当に断末魔の叫びの中でもなお、あなたの御心のままにしてくださいと祈りこの神に従っていったのです。 そしてそれは他でもない私達を救うが為にそのようにして下さった。 私達はそれほどまでに『高価で尊い』者であるという事を私達に身をもって教えて下さったのであります。 キリストはあなたの為に、父なる神はあなたの為に、どんなに大きな犠牲をはらってくださったか。 この事をもう一度心にしっかりと受け止めさせて頂きましょう。
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