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2000年7月16日 日曜礼拝メッセージ



 新約聖書 ルカ4章1〜13節より

 メッセンジャー
   仙台福音自由教会
   吉田耕三牧師

戦いの言葉に「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」という言葉があります。戦いにおいて、相手が何処にいて、どの位の強さかが分からなくては戦いは出来ません。そして、"自分がどういう者"かを知って始めて、戦いの備えが出来ると思うのです。今日私達は、「私達が陥り易い弱さ」とでも言いましょうか、自らを知るきっかけを頂けたらと思います。

試練が忍耐を生じさせる

「さて、聖霊に満ちたイエスは、ヨルダンから帰られた。そして御霊に導かれて荒野におり、四十日間、悪魔の試みに会われた。その間何も食べず、その時が終わると、空腹を覚えられた。」 1〜2節

皆さん、神様に導かれ守られているならば、試練にあう事はないと思っていませんか? 神様が共にいてくれるならば、困難や試練はなくて、(神様を信じたらこんな素晴らしいのか。もう良い事づくめとなる)と思っていませんか?

私達は"試練"というものは、「神様がいじわるをしている為」だとか、「もう見放されてしまっているから」とか、「自分が悪い事をしているから」ではないのだという事を知る必要があります。 もしも神が "試練"を与えなければ、私達はたちまち高慢でどうしようもない者になってしまうと思いませんか? だから"試練"が与えられるのです。

「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。」 ヤコブ1章2〜4節

私達が本当に変わったのは、悲しみや苦しみを通してではなかったでしょうか? 聖書では、「あなたがにとって試練は、あなたがたの忍耐が養われる時」だと言うのです。

コリントT10章13節 あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

もしも目の前に嫌な事があっても、(神様はきっとここから脱出させてくださるのかな?何時私をここから解放してくださるのかな)と待つ訳です。これが"忍耐"だと言うのです。私達は、神の試練の中で自然に忍耐が養われていくという事なのです。

「その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。」 ヤコブ1章4節

ここに"完全な者"となる秘訣があるのです。試練が来たら、喜ぶ事です。私達が"完全な者"になれないのは、"試練"を誤魔化してしまうからなんです。試練を避けて通ってしまうからなんです。"試練"は私達が根本的に変わっていくチャンスなんです。

「試練を受けているから私は神様から離れているんだ、いじめられているんだ。呪いがきているんだ」
そんな事は考えないで下さい。
「私を変える為だ。もう直ぐ祝福が近づいているんだ」
と考えて下さい。そしてそれを受けとっていって下さい。

悪魔の誘惑

「また悪魔はイエスを連れて行き、またたくまに世界の国々を全部見せて、こう言った。「この、国々のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。それは私に任されているので、私がこれと思う人に差し上げるのです。ですから、もしあなたが私を拝むなら、すべてをあなたのものとしましょう。」 5〜7節
悪魔はイエスを「世の欲」というものによって誘惑しています。 私達は目に慕わしく見える物、この世の物が麗しく見える。そこに対する誘惑が絶えずある事を知っておくべきだと思います。これはどういう誘惑かと言いますと、"私達を十字架から遠ざけようとする誘惑"です。私達には、「この世の富や栄華の方が麗しい。そちらに道を踏み外させよう。」という誘惑がいつもある訳です。神様は私達に命の泉を溢れさせて下さるのですが、「苦しいよ。そんな道に行くのはやめさない」という誘惑がたえずやってくる訳であります。そしてこの世のものに目を眩ませる。私達は十分にこの事に、心する必要があるかと思います。

「また、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の頂に立たせて、こう言った。「あなたが神の子なら、ここから飛び降りなさい。『神は、御使いたちに命じてあなたを守らせる。』とも、『あなたの足が石に打ち当たることのないように、彼らの手で、あなたをささえさせる。』とも書いてあるからです。」 9〜11節

次の誘惑は、神様を試させようとする誘惑です。私達は
「神様守って下さる。イエス様は共にいて下さる。イエス様は助けて下さる。」
と信頼しています。
ところがこれに対して、悪魔は私達を神様に対して疑いを起こさせ、不信感を起こさせよう、試させようと絶えずしているんです。誘惑にのるという事は決して小さい事ではないんです。私達はどこまで自分が誘惑されているか。よく知っておく必要があります。そしてそこから立ち返っていく事が必要かと思います。

第1は私達も試練を受けるんだと学びました。第2番目には、私達をこの世の富で誘惑しようとします。第3番目には神に信頼する事を止めさせようとする誘惑です。

「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人は同じ苦しみを通って来たのです。」 ペテロI 5章8〜9節

悪魔はあなたの回りで、あなたを誘惑する為に絶えず待っているんですね。その事を知って下さい。私達は守られていなければ、誘惑の攻撃にさらされてしまうのです。
『目をさましていなさい』ともあります。 どうすればいいのでしょう? 
それには『堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。』別の言い方をしますと、「御言葉に堅く立ちなさい」という事ではないでしょうか。私達が悪魔に打ち勝っていく秘訣は、御言葉に堅く立つという事です。もし私達が御言葉に堅く立つならば、誘惑を退けることが出来る。でも注意しなければならないのは、御言葉を自分勝手な解釈でしてはいけない。御言葉を正しく解釈し、正しく読んでいく。そしてその御言葉に従っていく、ということです。

「ですから、神に従いなさい。そして悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば悪魔はあなたがたから逃げさります。」 ヤコブ4章7節

私達が御言葉を堅く信じてそこに立つ。その時に悪魔はそこから退いていきます。この様にして主の守りの中に歩ませて頂きたいと思います。試練は私達が成長する機会なのです。それにより私達が完全な者に近づいていくのです
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