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2003年9月14日(第2礼拝) 日曜礼拝メッセージ

失望に打ち勝つ



 旧約聖書 第1列王記19章1〜18節 より
メッセンジャー
 森・ラリー師

 中国語で、こういうことわざがあるそうです。人生の中で、自分の考え通りにならないことは、10回の中で9回ぐらいです。皆さんどう思いますか。私はだんだん歳をとればとるほど、その通りだと思います。自分の考えた通りにならない時、私たちは失望させられます。もしその状態が長くなれば、人はうつの状態になりやすいのです。このごろ、うつ病はだんだん増えてきています。うつ病は精神的な風邪だと言われます。私たちはうつ病になりやすい人は、ほとんど弱い人だと思ってしまいます。あるいは、信仰が薄い人だと思うかもしれません。でも先ほど読んだ箇所で、神様のしもべエリヤは、うつの状態になってしまいました。どうして、そんなに信仰深い人なのに、うつの状態になったのでしょうか。私たちはどのようにしたら、うつの状態から回復することができるのか、一緒に学びたいと思います。

 エリヤは預言者として、神様のために大いに、用いられた人でした。神様は彼を通して、3年間イスラエルの人々に語られました。また、神様はこの時、彼を通して、いろいろな奇跡を行いました。そのため、罪を犯していたイスラエルで、霊的なリバイバルが起りました。しかし、イスラエルの女王イゼベルはエリヤを嫌っていました。なぜなら、イゼベルはエリヤが信じている神様よりも、バアルという他の神々を礼拝したかったからです。けれどもエリヤはそのことに反対したので、イゼベルはエリヤを憎んでいました。エリヤがある奇跡のわざを行った後、イゼベルの主人アハブ王は、イゼベルにエリヤがしたことを伝えました。そのことを聞いて、彼女はとても怒りました。そして、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして2節でこう言いました。

「すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もしも私が、あすの今ごろまでに、あなたのいのちをあの人たちのひとりのいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」(2節)

  つまり、イゼベルは24時間以内に、エリヤを殺すと脅迫しました。

 過去3年の間、エリヤはとても勇気を持っていました。しかし、今、彼はただ1人の女性イゼベルの脅迫を恐れて、荒野に行って、落ち込みました。彼は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言いました。「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちに勝っていませんから。」エリヤはとても疲れていて、イゼベルに殺すと脅迫されて、エリヤは落ち込みやすい状態にありました。エリヤは当時、恐れて、神様に腹を立て、自分を責め、1人で寂しさを感じ、命が狙われていることを心配していました。けれども神様は、  エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。

 と言っています。つまり、彼は私たちと同じ問題を持っていました。この場合、うつ病の問題を持っていました。エリヤは死にたいぐらい、すっかり落ち込んでいました。  なぜエリヤは落ち込んでいたのでしょうか。彼は4つのことをしたので、うつ病状態になったと思います。私たちも同じことをしてしまいやすいのです。まず、3節と4節をご覧下さい。エリヤは恐れていたために逃げました。木の下に座っていて、死ぬようにと祈っていました。何を祈ったか書いていませんが、恐らくこのような祈りをしたかもしれません。「主よ、もうだめです。もう限界です。私はあなたの僕ですが、この国には、あなたに聞き従う人はいません。だから、もうこの奉仕をやめたい。」

 エリヤが犯した、最初の過ちとは、何でしょうか。エリヤは事実より自分の感情に頼っていました。落ち込む時、私たちも同じ間違いをします。私たちは現実よりも、自分の感情に目を留めてしまいがちです。エリヤはこの1つの事件でイゼベルを恐れていたので、自分は人生の落後者と思いました。彼は逃げていた時、自分は卑怯者と感じたと思います。彼は落後者と感じたので、彼は落ち込みました。

エリヤの第2の過ちは、4節に書いてあります。彼は「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから」。エリヤは自分と他の人とを比べて、過ちを犯しました。この場合は自分の先祖たちと比べました。私たちは他の人と比較(ひかく)し始めると、問題が生じます。ねたみや高慢な態度がよく出るからです。第2コリントには次のように書いてあります。

「私たちは、自己推薦をしているような人たちの中のだれかと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。しかし、彼らが自分たちの間で自分を量ったり、比較したりしているのは、知恵のないことなのです。」(第2コリント10章12節)

つまり、他の人と比べるのはよくないと言っています。他の人のまねをすると、私たちは落ち込みやすくなるわけです。この世界のうちで、私たちはたった1人です。神様は、私たち1人1人を独特、ユニークに造られたので、自分らしく生きて欲しいのです。このことに心に留めて、他の人と比べることをしないようにしましょう。

 エリヤの第3の過ちは、自分を責めていたことです。彼には責任がなかったのに、エリヤはイスラエル人の反応が、自分の思い通りにならなかったので、自分を非難しました。10節でエリヤはこう言いました。

「エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」(19節)

  つまり、エリヤは「神様、私はあなたのために3年間苦労しました。けれどもイスラエル人はあなたに全然従っていません。私は一所懸命働いたけれども、彼らは前と同じ堕落した生活をしています。」と神様に文句を言いました。エリヤは、イスラエル人が変わらなかったことの責任を感じて、自分を責めました。神様だけが人を変える力を持っているので、その責任を感じるのは間違いです。だから、もし神様が与えなかった責任を、自分で取ろうとすれば、それが私たちにとって大きな重荷になるでしょう。そしてその重荷によって、私たちは落ち込みやすくなるのです。

 エリヤが犯した、もう1つの過ちは、消極的なことを誇張したことです。彼は、10節に『ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。』。事実は、エリヤだけが、神様に忠実だったのではありませんでした。

「しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残しておく。これらの者はみな、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者である。」(18節)

 バアルは、当時広く人々に、拝まれていた偶像でした。この箇所によると7,000人の人々はまだ神様に忠実に従っていました。エリヤは問題を誇張したので、落ち込んだのです。では、エリヤがうつの状態から回復するために、神様がなさったことは何でしょうか。まず、彼の体調を保つことです。 

「彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、「起きて、食べなさい。」と言った。彼は見た。すると、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水のはいったつぼがあった。彼はそれを食べ、そして飲んで、また横になった。それから、主の使いがもう一度戻って来て、彼にさわり、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから。」と言った。そこで、彼は起きて、食べ、そして飲み、この食べ物に力を得て、四十日四十夜、歩いて神の山ホレブに着いた。」(5〜8節)

  エリヤがうつの状態から回復するために、神様がエリヤに薦めたことは、まず休むことと食べることです。神様はこのように、エリヤと優しく接しました。神様はエリヤを「卑怯者、荒野で何をしているのか」と叱りませんでした。神様はエリヤを軽蔑しませんでした。神様はエリヤが、元気になるようにしてくださいました。

 私たちも落ち込む時に、体調を保つのは大切です。私たちもとても疲れている時に、落ち込みやすくになるのです。その時、一晩ぐっすり眠ると、もっと元気になるでしょう。体調を保つと、精神的に良い影響が与えられます。具体的に、体調を保つために、もっと睡眠をとる必要があるかもしれません。あるいは、定期的に運動をした方が良い、または、もっと健康的な食べ物を食べたほうがいいかもしれません。だから、もし私たちが落ち込んだ時は、まず体調を保ちましょう。

 私たちがうつ状態から回復するための、2つ目の治療法は、私たちの挫折を、神様に委ねることです。

「彼はそこにあるほら穴にはいり、そこで一夜を過ごした。すると、彼への主のことばがあった。主は「エリヤよ。ここで何をしているのか。」と仰せられた。エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」(9〜10節)

 エリヤは自分が抱いている不満を率直に神様に言いました。神様はエリヤが文句を言ったことに対して怒りませんでした。 

「ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。」(詩篇139篇4節)

 ですから、神様はエリヤが思っていることを、すべてご存知なのです。神様はエリヤが欲求不満をぶちまけることを許しました。私たちは神様に、またはクリスチャンの友達に、欲求不満を分かち合うと、私たちの重荷は軽くなります。いつも我慢したり、感情を抑えていると、それは落ち込むの原因の1つになるのです。だから、感情を抑えるより、たまには、感情をぶちまけたほうが良いのです。

 エリヤは少なくても6つの感情を抱きました。まず3節に書いてあるように、恐れの気持ちがありました。彼は4節で「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。」。エリヤは先祖と比べたので、劣等感に悩んで、自分を責めていました。次の感情は10節で、エリヤは自分の奉仕は無駄になったと文句を言って怒っていました。また、「ただ私だけが残りましたが」と言って、寂しさを感じていました。最後に、エリヤは「彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」と言って、彼は自分の命の心配をしました。恐れ、劣等感、自責、怒り、寂しさと心配することを一緒に持つと落ち込むのは当たり前です。だから神様はエリヤが欲求不満をぶちまけることを許しました。私たちも落ち込んでいる時、欲求不満をぶちまけることをした方が良いのです。    

 私たちがうつ病から回復するための3つ目の治療法は新たに神様と交わることです。 

「主は仰せられた。「外に出て、山の上で主の前に立て。」すると、そのとき、主が通り過ぎられ、主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風のあとに地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。地震のあとに火があったが、火の中にも主はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て、ほら穴の入口に立った。すると、声が聞こえてこう言った。「エリヤよ。ここで何をしているのか。」(11〜13節)

 神様は激しい大風と地震と火を送りましたが、しかしその中には、神様はおられなかったのです。神様はささやくような、やさしい声で、エリヤに話しかけました。このことで、神様はエリヤにご自分がそばにいることを、もう一度示されました。                     

 神様は今日も、ささやくような、やさしい声で、私たちの心に話しかけてくださいます。私たちが落ち込んでいる時は、神様の声を聞くために、静かな場所を見つけて、聖書を読んで、たっぷり時間を取って、神様と、1人で、交わってください。うつ状態から回復するために神様と交わることは、一番効果的な治療法です。私たちがうつ状態から回復するためのもう1つの治療法は、神様から新しい任務をいただくことです。15節を見ましょう。

「主は彼に仰せられた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油をそそいで、アラムの王とせよ。」(15節)

 神様はエリヤに新しい任務を与えました。私たちも失望に打ち勝つために、自己憐憫の中にいないで、人々を助けることをした方が良いのです。神様は私たちを通して人々を助けたいのです。もし自分のことだけを考えるなら、失望に陥りやすいのです。イエス様は「わたしのために、いのちを失う者は、それを見いだすのです。」と言いました。つまり、イエス様のために仕える人生を歩むなら、私たちは本当の人生の生きる意味を見つけるのです。だからうつの状態から立ち直るために、神様から新しい任務をいただきましょう。しかし、失望の中にいる時は、私たちはこのように考えるかもしれません。「神様はこんな私を、必要として用いてくださるでしょうか。私はいつも失敗するから、私はいつも間違うから、私が神様に仕えるなら神様も失望します」と。ですが、私たちが神様のために仕えているなら、神様は失望することはありません。私たちはどのような時に失望するのでしょうか。それは自分の期待が、外れた時です。神様は私たちについて、すべてご存知です。神様は私たちの限界を知っています。私たちの将来もご存知です。だから私たちは神様のために何かを心からしたいのなら、神様は失望したりしません。かえって、神様は私たちをいつも喜んで受け入れてくださいます。

 神様はいつもあなたを用いることができるのです。何回失敗があっても、神様はあなたを用いることができるのです。もし、あなたが求めるなら、神様はもう一度あなたを初めからやり直そうとされます。あなたは失望から立ち上がって、希望を持ちましょう。失望から立ち上がるために、まず何をしたほうが良いでしょうか。それはイエス様と関係を結ぶことです。イエス様を信じることによって、イエス様と関係を結ぶことができます。イエス様を信じても、自然に失望が完全になくなるとは限りませんが、イエス様の助けがなければ、私たちは立ち上がる力がありません。

「正しい者は七たび倒れても、また起き上がるからだ。悪者はつまずいて滅びる。」(箴言24章16節)

 だからクリスチャンでも、よく倒れたり、失望することがあります。けれども、神様によって、もう一度起き上がることができるのです。もし、あなたが何か落ち込んでいる状態にいるなら、今日イエス様はあなたが失望から立ち上がることを望んでおられます。イエス様はあなたを助けることができます。イエス様はあなたが失望から回復するための希望です。
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