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2003年10月26日 日曜礼拝メッセージ

「主を心に据えなさい」



 旧約聖書 申命記8章1節〜20節 より
メッセンジャー
 仙台福音自由教会 吉田 耕三牧師

 今から14年前の1989年10月24日に仙台の地で初めての礼拝を北中山のコンラッド宣教師宅で捧げることが出来ました。10名位の人数の内6名は宣教師でした。1月の礼拝者は9名、2月11名、3月13名、4月18名、5月になると20数名と増え、神様によって集う方々が送られてきたのです。ところが「これは神様の恵みですね。私達が何かをやっているからではないですね。」と言いながら、私の心の中は「やっぱり何かやっているからだよ。」と高ぶりが出て来るのです。すると毎週増えていた来会者の数がぴったりと止まり、1年位増えない状態が続くのです。「お前も中々よくやっている。」との思いを主に悔い改めて主の憐れみと恵みに戻って行きますと、また神様は新しい方を送って下さるのです。ある時は半年間で礼拝人数が3倍に増えた時期もありました。ある方に「どうしたらそんなに増えるんですか?」と聞かれたのですが、神様が送って下さっただけです。そうでなければどんな方策をとっても出来ないことです。しかしその様に人数が増えてきますと「確かに神様の恵みではあるが、それなりに私も考えてやっている。」と又こういう思いが頭をもたげてきたことを思い起こすのです。昨年初めて礼拝人数が減り、今年は更に減っています。自分で分かってはいてもすぐに高ぶったり傲慢な者になったりするのです。

 本日の箇所は私が仙台に来るにあたり与えられた約束の言葉の1つです。7節の『あなたの神、主が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、水の流れと泉があり、谷間と山を流れ出た深い淵のある地』、神様はこの地から素晴らしいことを掘り起こして下さる度に「神様はすごい。」ということに触れさせて頂く訳です。しかし現実には様々な問題も出て来ています。ここには警告の言葉も記されています。私達はこれにも耳を傾けていく必要があるかと思います。

祝福の約束

「私が、きょう、あなたに命じるすべての命令をあなたがたは守り行なわなければならない。そうすれば、あなたがたは生き、その数はふえ、主があなたがたの先祖たちに誓われた地を所有することができる。」(1節)

 ここは神様がアブラハムに「この地をあなたに与えよう」と言われた場所でした。それには「イスラエル人が神様に従うならば」という条件がありました。これは意地悪をしているように思えるかもしれませんがそうではないのです。人間は神様と共に歩まなければ生きる意味も喜びも希望もなくなってしまいます。神様は私達に計画を与えて下さっています。

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それは、わざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ29章11節)

 本当の希望、喜びは神と共に歩み命の供給がなければ頂くことが出来ないのです。

「あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。」(2節)

 私達もこの14年間に神様が何を成し、何を教えようとされているのかを思い起こす必要があります。そして反省すること、また喜び感謝することも必要かと思います。荒野での40年間は苦しく厳しい道でした。それは『あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。』私達は順調な時には喜んで「神様、従います。」とほめたたえている振りをすることが出来る。しかし私達が試練や困難の中にある時に喜べるかと言いますと、そうではないことが多いと思います。私達は試練を通して自分の中に立派な信仰や良いものがある訳ではないことを教えられていくのです。

「それ主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖も知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。」(3節)

 イスラエル人はエジプトから出て来た奴隷の民でした。恐らく子供まで含めると200万人以上の人々がいたと思われます。この巨大な群れが荒野でどうやって食べ物を確保するというのでしょうか。ところが神様は毎朝マナを与えられました。

「その一面の露が上がると、見よ、荒野の面には、地に降りた白い霜のような細かいもの、うろこのような細かいものがあった。イスラエル人はこれを見て、「これは何だろう。」と互いに言った。彼らはそれが何か知らなかったからである。モーセは彼らに言った。「これは主があなたがたに食物として与えてくださったパンです。」(出エジプト16章14〜15節)

 神様はこの白い食物を毎朝降らすのです。ある横着な人は「毎朝一定量を取りなさい」と言われているのに2日分取ったら2日目分は腐っていました。彼等はこのことを通し神様から食物を頂き、生かされていることを学んだのです。私達も朝毎に主の前に静まることがどんなに必要であるか。霊的な糧は神様の前に静まり聖書を読み祈らなければならないのです。私達は毎朝"マナ"を頂く必要があります。私達はマナにより生かされていきたいと思うのです。その彼等は神様に逆らったことの方が多く、不信感をあらわにし、「神がいるかどうか分からない」等と言いました。それでも神様は「彼等は不信仰だからもう止めた。」とは言わずマナを降らせ導き続けたのです。

「この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。あなたは、人の子がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。」(4〜6節)

 神様は彼等をいじめていた訳ではなく神様の恵みと祝福に与かるための訓練をしていた。そして神様は『主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れる』ことが必要ですという訳です。さて次は約束です。

「あなたの神、主が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、水の流れと泉があり、谷間と山を流れ出た深い淵のある地、小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろの地、オリーブ油と蜜の地。そこは、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地、その地の石は鉄であり、その山々からは青銅を掘り出すことのできる地である。あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜わった良い地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。」(7〜10節)

 あなた方がこの様に歩むならば祝福されるのです。神様に従って行くその地はそんな地でなのです。私も色々な出来事を通してその通りであることを味わわせて下さいました。ここで『あなたがたが食べて満ち足りたとき、主が賜わった地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。』のですが、私達はついつい「私も結構頑張った」と自分を誇る思いになってしまう。或いは神様に感謝しているつもりでもそれが当たり前に感じる様になってしまっていたことも多いのではないでしょうか。私達は本当にそこに思いを馳せさせて頂く必要があると思います。

祝福と同時に警告も与える神

「気をつけなさい。私が、きょう、あなたに命じる主の命令と、主の定めと、主のおきてとを守らず、あなたの神、主を忘れることがないように。あなたが食べて満ち足り、りっぱな家を建てて住み、あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れる、そういうことがないように。―主は、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出し、燃える蛇やさそりのいるあの大きな恐ろしい荒野、水のない、かわききった地を通らせ、堅い岩から、あなたのために水を流れ出させ、あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった。―あなたは心のうちで、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ。」と言わないように気をつけなさい。あなたの神、主を心に据えなさい。主はあなたに富みを築き上げる力を与えられるのは、あなたの先祖たちに誓った契約を今日のとおりに果されるためである。」(11〜18節)

 「高ぶらないように」「主を忘れることがないように」と警告をしています。私達は結構主を忘れ、主ではないものに頼ってしまっていることがありませんか。主を忘れ、主に背く者になっていく危険性がいつでもあるのです。特に全てにおいて問題が無い「順境の時」こそ危険です。私達はその時に神様から離れていくことが多いのです。私自身も『「この私の力、私の手の力が、この富を築きあげたのだ。」と言わないように気をつけなさい。』このことを何度分かっていてもそのような思いになる弱さを持っている気がします。だからこそ『あなたの神、主を心に据えなさい。』とあります。『心に据えなさい』とは「言い聞かせなさい」「思い起こしなさい」「心に留めなさい」という意味です。「私がこれをした。」ではなくいつでも「これは主の業である。主がなさったことである。」とお返ししていくことが大切です。神様は私達が主に従い続けるならば永遠にこの祝福を与えるが、私達がこれを退けるならば警告を与えて下さっています。これは私達をいじめるためではないことをはっきりと理解していく必要があります。

「そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。」(ヘブル12章5〜7節)

「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」(ヘブル12章11節)

 神様は私達を訓練しておられると言います。私達が出会う様々な嫌なこと、辛いことは神様がいじめている訳でも責めている訳でもなく「正しい道に立ち返って来なさい」と語っておられるのです。今ある意味その試練の中にあるのかなとも思えます。へりくだる時に神様は、神様の方法を持って立たせて下さる。私達の教会に更なる神様のご支配をなして下さるかなと思うのです。教会が大きくなるのも小さくなるのも、増し加えられていくのも取り去られていくのも全てが神様の手の中にある。そして私達を訓練される主の前にへりくだり歩んでいく。皆さんの生活の中でも順調な時、非常に苦しい時、それらを通して私達は主の手、主の訓練をしっかりと知るべきではないでしょうか。

「したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。聖書はパロに、「わたしがあなたを立てたのは、あなたにおいてわたしの力を示し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである。」と言っています。こういうわけで、神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです。」(ローマ9章16〜18節)

 神様は全てのことをなさる権利があります。私達の命を取ろうが私達は何も文句は言えません。でも私達は「自分が、自分が」とそれが非常に強かった。私達は様々な訓練の中で本当にへりくだらせて頂く。何よりも牧師である私がその様に徹底してへりくだる者にならせて頂けるように祈って下さい。それがこれからの教会の祝福のためにもなると思います。神様は本来ならば滅ぼされるべき者をあわれみにより待っていて下さる。「出来るだけ精一杯あなたに従う者とならせて下さい。あなたは全ての主権も権威もお持ちのお方です。」と主に栄光をお返ししていく。その時に神様は御業を豊かに現わして下さると思うのです。私にとってこの箇所はいつも大きなチャレンジとなります。

「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」(第2歴代誌16章9節)

 もし私達の心が砕かれ主と全く1つとなったならば、神様は私達を通してものすごいことをして下さると約束しておられるのです。それが起きていないのは私達が高慢になっているからです。本当に砕かれ謙遜な者になっていく時に主ご自身が栄光を現わさずにはいられない。また現わされても私達が自分に栄光を帰さず傲慢になることはない所まで砕かれていくならば、神様は大いに祝福して下さる。15周年に向けて私達はその様な者にならせて頂きたいと思います。様々な試練を通して自分の中にある醜いものを告白していく者でありたいと思います。私達の告白により、神様は大いなる御業を現わして下さいます。では主の戒めとは何でしょう? 子供向けに書かれている十戒を読みたいと思います。

第1戒 私達の中に神様よりも大切なものがあってはならない
第2戒 神様以外のものに仕え従ってはならない
第3戒 神様をふざけて持ち出してはならない
第4戒 日曜日は神様を礼拝しなさい
第5戒 あなたの父母を大切にし従いなさい
第6戒 人を憎んだり羨んだり殺してはならない
第7戒 結婚以外で性的関係を持っても、また想像してもなりません
第8戒 うそをついてはなりません
第9戒 人の物を欲しがってはなりません
第10戒 人の物を盗んではなりません

 考えると1つ1つに悔い改める時間が必要ではないでしょうか? 私達は「本当にあなたから離れた者でした。どうか赦して下さい。」とへりくだり祈る時に神様は「わたしはその言葉を待っていたよ。」と言って下さるのではないかと思います。新約では『「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くしてあなたの神である主を愛せよ。」』また『「自分と同じようにあなたの隣人を愛しなさい。」』これにより神様の全ての戒めは全う出来るとも言えます。私達はもう一度静まり「私はあなたから沢山の恵みを頂いていましたが、安っぽい恵みに甘んじていました。私はこれから本気になってあなたにお従いしていきます。あなたが私に与えようとして下さっている祝福を期待します。」と祈りましょう。神様は私達の心の願いに応えたいと思っておられます。心にしっかりと主を据えて、15周年、20周年と主が再び来られる時まで輝き続ける群れとなっていきたいと思います。
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