親と子の関係





子どもをおこらせてはいけません



「子どもをおこらせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。」(コロサイ3:21)

子どもを叱るなということではありません。むしろ聖書は別の箇所で、本当に叱るべき時に叱らないのは子供をだめにすることだと教えています。ここでいうのは、理不尽な叱り方をしてはいけない、必要ならば弁明の機会をしっかり与えなさいということです。子供が何か失敗した時、頭ごなしに「何やってんの」と叱りつけでしまうことがあります。すると子供は弁明する勇気もなくなってただ黙るだけ、そうすると並々イライラして「どうしで黙っているの」とまた叱ってしまう、こんな経験はないでしょうか。

子供は口で親に言えない分、心の中に怒りや反抗心を閉じ込めてしまいます。そしてやがて無意識のうちに、何か親が困ることをしてそれを表すようになります。子供が様々な問題を起こす背景には、このような原因があることが多いのです。子供の言うことに充分耳を傾け、子供の立場や感情、状況を正しく理解することが大切であり、それによって親の方も落ち者いて正しい対応ができるのです。




子供を別の人格と認める



子供に何か不得手なこと、あるいはハンディがあったとしても、その子の良いところをみつけて伸ばしていく時、弱い部分までカバーされて人格全体が大きく成長していきます。私たちは勉強やスポーツが出来るかどうかで良い悪いを考えてしまいがちですが、その子の持つ本当の良さは案外見落としてしまっています。子供の良いところを見抜いて心からほめてあげる時、その子は自分に自信を持つようになり、もっとやろうという意欲が出てくるのです。

けれども、ほめることが大切といくらわかっていても、中々ほめられないのが現実です。その原因は、実は私たちが子供を自分のものだと思っているところにあるのです。特に母親にとっては自分の分身のようであり、子供が責められれば自分が責められ、ほめられれば自分がほめられているように感じます。子供を別の人格とみることが難しいのです。そうすると、こどもをほめることができません。これには自己受容の問題もかかわります。

自分のありのままの姿を受け入れないでいると、自分が気に入らないことをことごとく子供に当たるようになります。そして、自分にはできないこと−完全であることを子供に要求してしまうのです。しかし、子供は神様が私たちに託して下さった方(全く別の人格)です。このことを充分に受けとめていくことができた時、子供への対応の仕方が変わってくるのです。




子供にあやまること



子供が別の人格とわかれば、自分の方が悪かったことについては心から子供に謝ることができます。その時子供は親に一人の人として認められている、受け入れられているという解放(リラックス)を感じます。そのような家庭の中でこそ子供はまた新しいカを得て外へ出てゆき、自分の力を発揮することができるのです。

しかし、謝ることもまた、とても難しいことです。自分に罪責感がある(自分を許していない)と、かえってひとにも謝れません。自分で自分を責め傷つけているために、そのうえ人からまで傷つけられたくないという思いが無意識のうちに働いてしまうからです。それだけのことをしたのだから罪責感を持つのは当然という考え方もあります。一見潔いように思えますが、実際には私たちは罪責感を持ったままでは相手と正しい関係を持てないのす。相手のご機嫌を取るような態度になり、それでは子供は正しく育ちません。

親が子供に尽くす動機が罪責感から来るものである時、その底には恐れと不安があり、それ故に叱るべき時にも叱れません。何かしてあげるにしても、「しなくてはいけない」という心からであり、無条件に飛び込んで助けることができません。本物の愛ではないのです。子供はそれを敏感に感じます。罪責感が取り除かれる時、私たちは子どもを叱ることにおいても愛することにおいても、もっと大胆に積極的になれるのです。では、そのためにはどうしたらよいのでしょうか。




神のもとに



聖書の神は、私達の罪をあげつらうような方ではありません。私たちが自分の罪・過ちを神様に申し上げるなら、それを赦し、きよめて下さるのです。そればかりでなく、神様のもとに来る人に対して、「すべてのことを働かせて益とする」と語って下さいます。(ローマ8:28)

この「すべて」には例外がありません。あなたの失敗・過ち・罪すらも、かえって益とかえて下さるのです。これは大きな慰めです。人は許されることがわかった時、謝ることもできるようになります。神様の赦しを感謝して受ける時、私たちの内に子供にあやまる力(自由が与えられるのです。子供を放任するのでもなく、またこれもダメあれもダメと縛りつけるのでもなく、正しい教えを子供の心に擦り込んでいって、子供自身が正しい判断ができるように育んでいくことが大切です。

「父たちよ。あなたがたも子どもをおこらせてはいけません。かえって主の教育と訓戒によって育てなさい。」(エペソ6:4)





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