セルフ・イメージ





人間関係のストレス



私達は、日々多くのストレスを受けています。現代の生活は昔と比べてはるかにストレスがたまりやすく、その結果小さなことが引き金となって大きな問題がおきてしまうことも多々あります。様々なストレスのうらで、特に私達を悩ませるのは人間関係からくるものではないでしょうか。他のことなら何とか持ちこたえても、人間関係がうまくいかない時、もう立っていく力がなくなってしまいます。では、人間関係の問題がおこる原因はどこにあるのでしょうか。逆にいえば、人間関係がうまくいく人は、どこが違うのでしょうか。実は、それは、私達のもっているセルフ・イメージ(自己像)に関わりがあるのです。




セルフ・イメージ(自己像)



私達が悪いセルフ・イメージを持っている時−すなわち自分をダメだと思っている時、私達は無意識のうちにそれを補おう、克服しようとしています。それが時には高慢な、また時には自分を卑下するような態度となるのです。そして人にバカにされないように、悪く思われないようにという緊張感(ストレス)の中に自分を無意識のうちにおしこんでしまい、その結果ありのままの自分を出すことができず、疲れてしまい、病気にさえなってしまうことがあるのです。この朝少し立ち止まって、自分はどのようなセルフ・イメージを持っているかを考えてみてはいかがでしょうか。

そのためには、まず自分が今までどのように生きてきたかを思い出して下さい。自分が親にどのように言われてきたか、また自分がそれをどう感じてきたか、それらを一つ一つ思い出して自分史を書いてみる時、意外なセルフ・イメージの原因(なぜいつも自分はこんな時に思い煩うのか、苦しむのか)が見えてくることが多いのです。自分がどのようなセルフ・イメージをもっているかは、自分が今どう過ごすかだけでなく、生涯全般にわたっての歩み方に大きな影響を与えます。もしあなたが「人生はどうせこんなもの」と思っているとしたら、それは自分を「どうせこの程度のものだ」と思っている結果なのです。まず自分はどんなセルフ・イメージを持っているのか、そしてその原因はどこにあるのかを知ることは、そこから解放される第一歩なのです。




心の解放



「しかし、彼(イエス・キリスト)は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの各のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ53:5)

実は、私たちの心の内にはいやされなければならない傷がたくさんあります。幼いころからダメたと言われて来た故に受けた様々な傷のために、「自分はダメだ」というセルフ・イメージを持ってしまい、本来ならできるはずのこともできなくなっていることがあるのです。私達はそこから解放されることが必要です。

しかし、たとえ自分の心の傷がわかったとしても、それはどうしようもないと思われるかもしれません。けれども、そうではないのです。希望があるのです。聖書は、イエス・キリストが十字架にかかられたのは、私達の傷をいやすためなのだと語っています。ですから、もし自分の心の傷に気づいたならば、それを一つ一つ「神様にいやして下さい。」と祈ってみて下さい。その時、だんだん心がいやされ、解放されていくことに気付き始められることでしょう。




心の余裕



あの人はどうも苦手だと思える人に、人の言うことには耳を貸さないで、自分に関心のあることぱかりを話す人がいます。自分のことばかり思っている人は、人間関係が難しくなるのです。しかし、私たち自身にもまた、そのようなどころが多かれ少なかれあるのではないでしょうか。私たちは低いセルフ・イメージの故に、無意識にそれを補おうとしています。そのためいつも自分のことに精一杯で、他の人にまで心を向ける余裕がありません。しかし、「相手のことに関心をよせる」ことは、よい人間関係を築いていくための大切な基礎であり、そのためにはまず自分自身が心の傷をいやされ、解放されて、他の人に心をむける余裕をもっていく必要があるのです。

「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」(イザヤ41:10)

聖書の神様は、いつもあなたと共にいて助けて下さる方です。あなたが不安や恐れの中にある時、いつでも「助けて下さい」「守って下さい」と祈ることができるのです。その時だんだんと自分にばかり目をむけることがら解放され始め、今まで知らなかったもっと豊かな人間関係をもつことができるようになるのです。




制作 : ©2000 仙台福音自由教会 - 聖書についてもっと詳しく知りたいと思われた方はお気軽に お問い合わせ 下さい
アクセスカウンタ