感情のコントロール





感情の動物



人間は感情の動物といわれます。しかし、動物と人間の違いは、動物がその感情・本能のままに生きるのに対して、人間は感情をコントロールすることができるという点にあります。ところが、そうであるはずなのに、自分の感情のおもむくままに行動し、後で自己嫌悪に陥ることも少なくありません。

先日の新聞で、あるお母さんが書いた文に心が留まりました。夜、子供の寝顔を見るたびに「ごめんなさい」と、涙がでてくるというのてす。どうしてあんな些細なことで厳しく叱りつけてしまったんだろうと後悔するのに、又次の日になると同じことをくり返している…。

他人事ではありません、私達はいわば感情の奴隷となってしまい、又それをどうしようもないとあきらめてしまうことが多いのです。けれども私達は感情の奴隷となるのではなく、感惜を支配(コントロール)するものとなりたいのです。そのためにはまず、感情は、私達がふだん何を思い浮かべているかによって左右されているという事実を知ることが必要です。良いことを思えば心は明るくなり、悪いことを思えば暗くなるのです。あなたが暗い人生を歩みたいならば、暗い思いを持っていけばよいでしょう。しかし、もし本当に人生を明るく積極的に生きたいなら、上向きの思いをもってゆくベきです。聖書は次のように語っています。

「最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。・・・そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。」(マルコ7:20〜23)

これは神様のご命令です。けれども考えてみると私達はこの反対のことばかりしているのではないでしょうか。いやなことに目を留めることが多く、その結果心が暗くなっていくのです。




悪い思い



「人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」(マルコ7:20〜23)

人の姿はこのようだと聖書は語っています。私達を汚すものは、何よりも私達の心の思いだというのです。その最初にあげられているのが「悪い考え」です。普段は悟られないようにしていても、何かの折に本音がポロッと出て、「しまった、口をすべらせた」と言う ・ まさにその通りです。

向こうから何か話ながらやってきた知人が、自分を見て急に話をやめた時、まず頭に浮かぶのは、「何か私の悪口を言っていたのかしら」ではないでしょうか。「私のことをほめていたのかしら」と良く思う人はまずありません。又、家族が夜遅くまで帰ってこない時はどうでしょうか。「今日はよほど楽しい日だったのね」と思うよりはむしろ、「交通事故にでも会ったのだろうか」「良くない所へ行っているのでは」と悪い方へばかり想像が膨らみ、帰ってきたときには思わず相手を怒らせるようなことを口走ってしまう ・ それは少ないことではありません。私達の心は、放っておけば自然に悪い方へ向かうのです。しかも、その悪い感情を消そうとすればするほど、かえって消えなくなります。しかし、消そうとするかわりに、そこに良い思いを持ってくるならば、悪い思いが消えてゆくことを経験します。私達はこのことをよく知って、良いことに目をとめていく訓練をすることが必要です。




新しい性質



私達が積極的な人生を送りたいなら、良いことに目を向ける訓練が大切なことはわかりました。そして、うまくいけば暗い思いの半分くらいはそれで消えていきます。しかし、同時に、本音の部分では変わっていないことにも気付くのです。小さいことは乗り越えられても、大きいことになるとどうにもなりません。一生懸命「悪く思ってはいけない」と無理をしていると、いつしかノイローゼにまでなってしまいます。いわば表面だけがメッキされた状態ですから、時がたつとはがれて本音が出てくるのです。

私達が根本的に変えられていくには、新しい性質をもらう必要があるのです。ちょうど渋柿を甘柿にするには、接ぎ木をすればよいように、私達もキリストという方を接ぎ木される時、自分がなりたいと願うような者へと次第に変えられて行くのです。まさにキリストを信じる生涯とは、外側を取り繕う窮屈な人生ではなく、内側から新しく造り変えられていく人生なのです。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。」(第IIコリント5:17)

自分でできないことがあったとしても、神様には不可能なことがありません。どうしようもない自分の気持ちや願い事を、正直に神様に打ち明けて下さい。その時、人のすべての思いを越えて、神様があなたの心を守って下さるのです。

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ4:6〜7)





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