本当の自信





人の目



私達は、絶えず人の目を気にしながら生きています。人が自分を評価してくれれば自信を持ち、反対に人から認められなかったり、けなされたりすれば落ち込んでしまう。生きる希望や喜びまでも、なくなってしまうことがあります。絶えず人が自分をどう見ているかを気にしながら、人から悪い評価を受けないように汲々としている・・・私達日本人は、多かれ少なかれこのような傾向にあるのではないでしょうか。

なぜなら、私達は小さい時から「そんなことをしたら、あのおじちゃんに叱られるよ!」とか、「みんなが見ているよ!」と言われ続け、その行為自体が良いか悪いかよりも、人がどう見るかを判断基準にするようにと、知らず知らずのうちに教え込まれて来たのからなのです。その結果、大人になっても“人から馬鹿にされないように”“恥ずかしくないように”という生き方が身についてしまい、たとえ自分が正しいと思っても、“人からおかしいと思われるなら、そうしない”ということになってしまうのです。

しかし、このような生き方を続けていると、本当の自分がどこにあるのか分からなくなり、自分の存在感そのものが危うくなってしまいます。また、親から厳しく教育された場合も、そうなりがちです。暖かさの中にある厳しさなら良いのですが、そうでないと、子供は自分が愛されていない、受け入れられていないという感覚を持つようになり、無意識のうちにどうしたら親に気に入られるか、という行動パターンを取るようになってきます。そして、いつしか自分らしさを感じられなくなってしまうのです。これは、人の評価で左右される不安定な生き方、自信のない生き方につながります。




受け身の人生



人の目を気にする生き方は、結果的に“人から評価されたい”“愛されたい”という、受け身の人生となります。しかし多くの場合、人は自分が期待するようには評価したり、行動してはくれません。すると、私達の心は暗く不機嫌になり、周りの人にもその影響を与えてしまいます。たとえ今は何かで高い評価を得ていて自信に溢れているように見える人でも、内心ではいつそれが崩れるかと、汲々としていることが案外多いのです。これも結局は同じことです。そして、“〜されたい”“〜して欲しい”という生き方は、いつの間にか“〜してくれない”という批判的な生き方となっていきます。

もし私達が本当に悔いのない人生を送りたいなら、この受動的な生き方を転換していかなければなりません。“愛されたい”ではなく“愛したい”へ、“自分を受け入れられたい”ではなく“相手をそのまま受け入れたい”へ、積極的で自律的な生き方を身につけていく必要があるのです。この時、本当の意味で自信のある生き方、自分の内でこれでいいんだと思える、自分らしい生き方ができるのです。でも、私達の問題は、どうしたらそれが出来るのかということです。




本当の自信



本当の自信がないと言うことは、“何かが出来てこそ、その自分には価値がある”と思っているということです。そのために、人からの評価を得て安心したいのです。しかしここでぜひ知っていただきたいのは、聖書の神は、あなたを世界中でただ一人のかけがえのない存在として造り、だからこそあなたの存在そのものが『高価で尊い』と語っておられる、ということです。

あなたは、何かが出来る出来ないに関わらず、その存在自体が尊いのだと、神様はおっしゃるのです。それを自分に言われていることとして受け取るのは難しいかも知れません。でも、人間の親子を考えてみて下さい。「こうなって欲しい。」「ああなって欲しい。」と思うことがあったとしても、「それでは、あちらの能力のある子と取り替えましょう。」と言われては困るのです。出来が良くても悪くても、やはり“この子”でなくてはならないのです。

神様にとって、あなたはあなた以外の人とは取り替えることの出来ない、大切でユニーク(特別)な存在なのです。それ故、一人子のイエス・キリストをこの世に遣わし、十字架につけてまでも、あなたを救いたいと願われたのです。キリストが命を掛けて私達の罪の罰を代わりに受けて下さるほどに、あなたの存在は価値があるということを、ぜひ受け取って下さい。その時から、「私は私でいいんだ。」という、本当の自分を生きる人生・・・人がどう思うかに左右されない、本当の自信を持って生きる人生が始まっていくことでしょう。そうした時初めて、他の人をも思いやる余裕がでてきます。

こんな自分はいやだ、こんなのは自分だけだと思っていた時には気付かなかったのに、その時初めて、自分と同じ様な悩みを持っている人々が多いことに気付かされます。あなたには、その人にどうしてあげたら良いかが分かります。自分がして欲しい様に、その人にもして上げれば良いのですから。あなたにとってはイヤでたまらなかったことさえ、相手を愛する手段に変えられていくのです。人に良く思われるためにではなく、自分の方から進んで人を愛していく者にならせて頂きましょう。神様は、そのような願いを喜んで、必ず聞き届けてくださるのです。




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