2013年6月4日「関東合同婦人会合流、支援活動報告」(第68回)

今回は、関東合同婦人会57名の参加を得て仙台教会、古川教会、石巻の宣教師チームの合同の総勢86名の支援となりました。婦人会の皆さんは前日3日に大型バスとワゴン車で仙台に到着されました。3日は仙台教会で集会を持たれ、翌4日に石巻支援に参加されました。遠くの教会の方々がたくさんの神様の愛を届けてくださいました。感謝いたします。

仙台教会がいつも行かせていただいている5か所の仮設を5グループで訪問いたしました。それぞれの仮設で交わりと被災体験をお聞きする時を持ちました。 参加された方々には個配キット、合同婦人会からのおみやげ、昼食などをお配りしました。お話をうかがう前に関東合同婦人会の方からの絵本、紙芝居、エプロンシアター、ギター、リコーダーのご披露があり温かい交わりとなりました。 以下、各所での活動報告です。(高橋裕子・記)


〇支援場所  祝田仮設
〇奉仕者   12名
〇関東合同婦人会の奉仕 『リコーダー』

2013年6月4日(火) 三陸道を石巻・河南で降り、渡波・祝田に向かいました。一つ目の橋、石巻大橋の下を流れる北上川の水面は、まるで「いらかの波」のようで、その中を一筋の凪がスーッと走っています。2つ続きの牧山トンネルをくぐると渡波。いつのまにか石巻市立女子商業高校も渡波中学校も解体されました。万石浦にかかる2つ目の橋、万石橋を渡って右に曲がり護岸工事の進む海沿いの道を進み、左に折れた道を登ると仮設祝田団地です。片道約1時間半かかります。

2011年10月に初めて緊急物資支援で祝田団地に伺ってから今回で7回目の支援。この間にもご希望の品々をお届けしたり、個人的にもお訪ねしたりして、何度お伺いしたことでしょう。目を閉じると皆さんのお顔が目に浮かびます。いつものように自治会長の奥さんのSさんが談話室の窓を開けて掃除機をかけ、私たちを出迎えてくれました。この日は遠路お越しくださる関東合同婦人会の姉妹方を迎えての、いつもとは違う支援なので、祈りつつ、ちょっぴり緊張しながらの準備です。4つの教会(川口、川口中央、川越、草加)の8人の姉妹方が到着され地元の方々をお待ちしますが、開始時間になっても皆さんが来られません。仮設住宅の方々を迎えにあがったり、Sさんが同乗してくださって祝田・大森地区の方々へご案内に回って、8人の方が集ってくださいました。予定より少し遅れましたが、それでも10:40に交流会を始めることができました。皆さん、いつもと同じ開始時間だと思っておられたようでした。

仙台教会のA姉が「私たちの教会の支援は、ここに来てくださっている皆さんをはじめ、支援をしてくださっている多くの方々のご協力で続けてくることができました。今日は皆さんのお話を伺って、これからどのようなお手伝いができるのかを考えていくために関東からバスで来てくださいました。」と挨拶して交流会が始まりました。

草加教会の姉妹がアルトリコーダーで伴奏してくださって「あざみの歌」「故郷」「いつくしみ深き」を賛美しました。温かな優しい音色のリコーダーと賛美の歌声が6月の緑の風にのって仮設住宅の中を流れていきました。

被災体験を伺うコーナーは、時間の関係で懇談という形ではなく、1対1でお話を伺うことになりました。皆さんの震災、津波の体験は、今もなお、お一人おひとりの心につらい体験として残っていることと思います。関東合同婦人会の姉妹方は、お話を一言も聞き漏らすまいと耳を傾け、深くうなずきながら聞いていらっしゃいました。

私が聞いたSさんのお話です。中学生の孫娘さんを亡くされたSさん、「最初は悲しみに沈んでいたけれど、息子さん(お孫さんのお父さん)から『いつまでも悲しんでいても仕方がない。前を向いて歩いていこう。』と励まされ、何とか立ち上がったの。息子たちに協力してもらって家を建てることができて6月末に新居に引っ越すことになりました。」と話してくださいました。心に悲しみを持ちながらも再起の笑顔はじーんとくるものがありました。

交流会は短い時間でしたが、名残惜しい別れとなりました。住所を交換されていたり、一緒に写真を撮ったりして、また来てくださった方々の教会名とお名前を知りたいという方もいて、それを書いてお渡ししたりしました。関東の美味しいお菓子もめいめいに渡るように準備してきてくださって、嬉しく細やかな心遣いが感じられるご訪問でした。

関東合同婦人会の姉妹方が帰られた後、祝田の方々と食事をしていたときのことです。昭和3年生まれの84歳のSさんが「ちょっと聞きたいのですが・・・渡波の三和(みつわ)町に教会が建つって書いてある紙が入っていたけれど、どごらへんでしょうか?」と質問されました。それを聞いて参加されていた方が「ほら、あそごっしゃ ○医院があったどご」とか「○○のお店があるどご」とそれぞれに教えてくださり、Sさんは、その場所が分かった様子でした。とても思いがけない質問でした。お一人で暮らしていらして、いつもは物静かなSさんが居住まいを正されて質問されたことにSさんの期待が伝わってきました。石巻の教会は待ち望まれていると感じました。

帰りには、入院している仮設住宅のTさんを3人でお見舞いして帰路につきました。
震災から2年ちょっと経ちました。私たちの教会の石巻支援は震災後間もなく始まり、今日に至っています。途切れることのないたくさんの愛の支援が教会に届けられ、多くの祈りが積まれています。今回、支え祈り続けてくださっている関東合同婦人会の皆様、長野・上田教会の皆様が被災の地を訪ねてくださり、被害を受けた方々に心を寄せてくださって感謝しています。(庄司弘子・記)


〇支援場所  渡波北部第1仮設
〇奉仕者   13名
〇関東合同婦人会の奉仕 『絵本』『紙芝居』

4日当日はいつもより早めの9時30分過ぎには仮設に着きました。こちらの仮設では数人で昼食をとり一日を集会所で過ごす事が常になっているので、人の繋がりができているようです。この日も手作りの惣菜が数点用意されていました。

ひと足先にご馳走になりながら、皆さんが来られるのを待ちました。10時過ぎた頃に仮設の世話役の方が声がけをしておいて下さった方々がポツポツとお見えになりました。この日はディサービスに行っている方が多いと聞いていたので、何人位集まって下さるのか心配していましたが、後で来られた婦人会の方々と丁度同じ人数だったのには驚きました。

10時20分から簡単に自己紹介をし2曲賛美した後、婦人会の有志の方が絵本の読み聞かせをしてくださいました。プロ並みの上手さで一冊の予定が二冊お願いしたほどに素晴らしいパフォーマンスでした。本を読んでいただく中で皆で一斉に声を出す場面もあり、和やかなムード作りができた様に思います。

その後仮設の方と婦人会の方と1対1でお話をしていただく時間が40分ほど取れました。それぞれのお話の中に仙台教会の者はあまり入りませんでしたので、どの様な話がなされていたのかは、分りませんが、どの方々も途切れる事なく話をされて終了の時を告げるタイミングは難しい事だったと思います。

終わりに上田教会の若林先生に祈っていただいてお別れとなりました。手を取り背中をさすりと分れを惜しみ婦人会の方々をお送りしました。

婦人会の方々が到着されるまでとお帰りになられてからの時間が結構あったので、いつもお世話して下さる顔馴染みの方々とゆっくりお話させていただく事ができたのは感謝でした。渡波の方々が多く、地盤沈下した土地の道路をかさ上げする計画になっているのに一向に工事が進まない。家を改修したり新築してもその後で道路より低くなるのでは困るから今は何とも言えないとの事。大切な土地だけど、草取りに行く気にもならない。 渡波に美容院が多いのは街が栄えていた頃、女性客がたくさん利用していたからでねメイン通りは大変な賑やかさだったと昔の街の豊かさを話される時の楽しそうな様子は印象的でした。震災の前後の様子が載っている写真集にも渡波は載っていないとおっしゃっていました。

戻らないと分っていても取り戻したい思いとやり直そうにも先が見えない現実の中で。辛さをかみしめながらの毎日なのだなあとつくづく知らされた事でした。(牛久洋子・記)


〇支援場所  渡波北部第3仮設、垂水仮設
〇奉仕者   12名
〇関東合同婦人会の奉仕  『ピアニカ演奏』

主の御名を賛美します。

仮設参加者は垂水仮設7名と北部第3仮設4名の12名でした。垂水からの初参加が6名の出席で感謝しました。今回の支援の為、2か月前から祈りつつ準備してきたことですから、それぞれの交流会が祝福の時となりましたことを主に感謝いたします。

まず始めに関東合同婦人会の姉妹から自己紹介をしていただき、仮設の方々にお会いして直接、『お話を聞かせていただきたいという思いで参加しました』とお伝えしましたら、仮設の方々も皆さん、『よく遠くから来て下さった』と感謝しつつ、ご自分の被災体験を淡々とお話してくれました。みなさん、ご自分のことのように涙しながら傾聴され、短い時間でしたが、祈りに覚えてお別れしました。

婦人会の方が帰られた後はリラックスされてお昼を一緒にいただきながらお交わりができました。М姉の立てて下さったお抹茶もとても喜んで下さいました。後日、不足分の個配キットを第3仮設世話人のTさんへのお礼の手紙を添えてお送りしました。(深澤まり子・記)


〇支援場所  万石浦仮設
〇奉仕者   28名
〇関東合同婦人会の奉仕  『腹話術』

その日、石巻は曇り空でしたが、集会所の前に、もうすでに何人か集まって、私たちを待っていてくださいました。更に、一軒一軒お声を掛けて歩くと、三々五々みなさん、集まって来られました。

関東合同婦人会の姉妹方が、大型バスで到着され、自己紹介が終わるや否や、仮設の方々と婦人会の方々との交流が始まりました。あっという間に、集会所は熱気に包まれて行きました。自然に2,3人のグループができ、それぞれの被災経験をお話くださいました。初めて会うのに、心を開いて、辛い経験をお話くださるだろうか・・・という当初の心配は、全くと言ってよいほどありませんでした。むしろ、’被災経験を話すのは、はじめてだったが、話せて楽になった‘という声が聞かれ、話すことによって、みんなの顔が、明るくなって行くように感じられました。

予定の時間になり、“あざみのうた”“いつくしみ深き”を声を合わせて歌いました。流山教会のI姉が腹話術を披露してくださり、なごませてくださいました。

その後、流山教会の宗形先生が、仮設の方々のために、心をこめて祈ってくださいました。その祈りの言葉ひとことひとことが心に響き、そこに集った私たちの心がひとつにされたように感じました。

婦人会の方々が、女川に出発された後、引き続き昼食をはさんで交わりは続き、帰りに、婦人会の方々が用意してくださったおみやげをおひとりおひとりに差し上げることができました。

限られた時間ではありましたが、本当に素晴らしいときとなりました。集まってくださった仮設の方々、関東から参加してくださった姉妹方、そして守り導いてくださった神様に心から感謝致します。(吉田真知子・記)


〇支援場所  高安酒店
〇奉仕者   22名
〇関東合同婦人会の奉仕  『エプロンシアター』

石巻の被災体験の参加者は21名でした。 高安商店さんの計らいで、今回は大きく被災された方を選んで、声がけをしていてくれました。また震災の体験談を語ってくれるように、2名の方にお願いをしていてくれました。 まず賛美の後、関東合同婦人会の方がエプロンを掛け、ポケットに大きなカブを入れて、フェルトで作ったそれは可愛いおじいさんやおばあさん…で、エプロンシアターというのだそうですが、『大きなカブ』を見ました。カブを抜く時は、全員が大きな声で掛け声をかけて、エプロンシアターに引き込まれていました。

エプロンシアターの後、被災者の今野さんの震災体験談を聞きました。それは恐怖と絶望と愛のお話で、聞いていた全員が涙を流しながら聞かせていただきました。関東合同婦人会の方々の出発時刻が迫り、もうお一人の方のお話を聞けなかったのは、残念でなりません。

今回の企画、準備をされた方々のご苦労を思いますと、神様の祝福が、豊かに、豊かに与えられた事を実感できた支援でした。感謝…(石川厚子・記)

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