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イースター礼拝

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「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」Ⅱテモテ4:2
みことばに励まされて、イースターのチラシを作りました。いつもと違って、礼拝へのお誘いは控えました。まさに「自粛」です。けれども、方向を全く変えて、この時だからこそ伝えたい、折に適って助けとなる神様のことばを載せました。人が天を見上げるとき、そこには、神様がおられます。感謝します。下記は、3月22日週報掲載の吉田師による『道しるべ』の記事です。私たちは祈り深く歩みたいと思います。

「わたしがわたしの民に対して疫病を送ったときには、わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、わたしは親しく天から聞いて彼らの罪を赦し、彼らの地を癒す。」Ⅱ歴代誌7章13-14節
新型コロナウィルス感染症が、世界中に拡がっています。このような時、神のしもべである私たちには、出来ることがあるのです。それは、全知全能の神に「とりなしの祈り」を捧げることです。罪赦され受け入れられている者であるからこそ、神様への真剣な「とりなしの祈り」が許されているのです。しかしイザヤ書には「(主は)とりなす者がいないのに驚かれた」とあります。私たちが罪赦され祈りが届く者とされているにも関わらず、とりなすことが少ないからです。私たちはもっと、自らの罪、民族の罪、人類の罪を主の前に告白して、悔い改めさせていただくことが大切なのだと思うのです。
聖書は「わたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ」と記しています。主の民が主の前に出てへりくだり祈る時に、疫病が留められた事が何度も記されています。また、モーセもネへミヤも、祈る時には、自分の問題、自分の罪として主の前に出た姿を見ることができます。自らも罪に陥る弱さを持つ者として、神を神として尊ばず、その教えを無視し、神の道からそれた歩みをして来たことを悔い改めて祈ったのでした。結果として「とりなしの祈り」は、やがてこの世に現れる裁きの日、世の終わりの日への備えとなるのです。へりくだる者、悔い改める者とならせていただきましょう。

 

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