教会ヒストリー

この記事は約3分で読めます。

仙台福音自由教会は、1989年に現在の仙台市青葉区川平に開設されました。このページでは、以来約30年の教会の歩みを、簡単にご紹介しています。

1989年

日本福音自由教会40周年記念事業として、東北は仙台に福音自由教会を開拓することが決議され、仙台市青葉区川平の地が候補地として選定されました。さらに初代宣教師としてベラ・ロー師、コンラッド師夫妻、ならびに国内宣教師として吉田耕三師夫妻が赴任し、現在地に教会の会堂が建てられ、開拓がスタートしました。

1992年

教会の開拓は順調に進み、吉田耕三師を初代牧師として招聘することが決議されました。同時に、日本福音自由教会協議会の国内宣教委員会の支援から自立して、独立教会としての歩みをしていくことが決まりました。

1993年

東大宮教会から高橋勝義師が来仙し、開拓宣教主事として就任されました。高橋師は2017年1月より、石巻市に開設された石巻福音自由教会の牧師に着任し、現在も奉仕しています。

1995年

開設5周年を迎え、記念礼拝を行いました。同時に、5周年記念事業として宮城県北の古川市(現・大崎市)で新しい福音自由教会の開拓に着手することが決まり、古川市北町のビル2階を礼拝堂として、教会開拓がスタートしました。

2000年

開拓中の古川福音自由教会の新しい会堂を、鶴ヶ埣に建築することが決まり、1999年後半に建築が行われました。そしてこの年、新しい会堂の献堂式を執り行いました。

2001年

教会の西側にある民家を新たに牧師館として購入し、「シオン館」と命名しました。現在は小学生の教会学校や分級のための教育館として用いられています。

2006年

教会東側の民家を新たに購入し、「オリーブ館」と命名しました。現在は中高生のための集いである「JYLC」を行うための場所、また外部からのゲストが宿泊できる研修施設として用いられています。2011年の東日本大震災の際には、全国から届いた大量の救援物資を保管して、宮城県内各地にお届けするための倉庫としても活躍しました。

2007年

当教会から献身して聖書宣教会を卒業した門谷信愛希師を新たに副牧師として招聘し、就任式を行いました。門谷師は2011年度まで奉仕され、2012年度からは開拓教会の古川福音自由教会の牧師として奉仕しています。

2012年

古川福音自由教会の牧師として8年間奉仕された栗原延元師がその働きを終え、当教会の協力牧師に就任されました。栗原師は長年に渡り、関東の複数の福音自由教会にて牧師として奉仕してこられました。現在は、礼拝での月1〜2回のメッセージ、およびオリーブ聖書学校を担当しています。

2012年

2011年の東日本大震災では、当教会には大きな被害はありませんでしたが、甚大な被害を受けた沿岸部を支援するために、全国の福音自由教会から支援物資が届けられ、教会の働きとして被災者の方々にお届けしました。特に石巻市への支援は、複数の仮設住宅の集会所にお邪魔する形で150回以上にわたって行われました。そのための支援拠点として、オリーブ館東側の土地を新たに取得し、プレハブの震災復興支援センターが建築され、献堂式を行いました。

2014年

石巻への100回以上にわたる支援活動の実として、石巻福音自由教会が建築され、献堂式が行われました。現在、日曜礼拝には10数名の方が集っています。

また2015年度には当教会から2012年に献身し、聖書宣教会を卒業した仲田志保師が伝道師として着任し、2016年度まで奉仕しました。

 

仙台福音自由教会